迷惑ばかりかけてごめんね、生き方が下手な人の共通心理は自己犠牲

人間関係

 

こんにちは、吉村恵です。

わたしは現在
自分らしさを取り戻して自分の人生を創造していく
サポートをしています。

私のところへ相談に来てくださる方々は
母性本能が強くて
人をサポートする能力が
高かったりするのですが

そんな方々だからこそ
悩んでいることに
共通点があったりするんですね。

私自身も、子どもが生まれてから
特に感じるのですが

・子どもが喜ぶように
・子どもが嫌な思いをしないように
・子どもが悲しまないように

というような、
子どもを一番にしたい気持ちが
ありましたし、実際に
子どもを一番にしていた頃がありましたが

大切で大好きな子どものため
のはずだったのですが
一方で苦しく思うことも
出てきていたんですね。

いまでは、ありがたいことに
人への気持ちと自分への気持ちとの
バランスが取れるようになり

自分の生きたい生き方が
出来るようになっていると思いますが

そのように変化してきた中で

悩みを多く抱え
頑張っても上手くいかない人が
抱えているもの

について気づくことができました。

そこで今回は
我慢しがちで自己犠牲の生き方
をしてしまう人の心理について
少しお話してみようと思います。

 

頑張り屋さんが出しゃばってくる

 

現在、私は落ち込むことが
あまりなくなりましたが
以前は今の私からは想像できないほど
落ち込んで沈んでいたということが
よくありました。

沈んでしまって、気持ちが
なかなか上がってこれない時も
ありましたね。

人は、気持ちが沈んだ時は
決まって「頑張り屋さん」
顔を出すのかもしれません。

例えば、

夜、子どもを早く寝かせようと
早くご飯食べなさい!
早く着替えて!
明日の準備はしたの?
早く歯磨きして!

と、時間に追われて
大きな声を出すお母さんも
少なくないのではないでしょうか?

私もそのひとりでした。

そんな時は決まって
子どもが寝た後の寝顔を見て

怒ってごめんね
キツイ言い方しちゃったね。
心地いい気持ちで寝かせれあげられなくて
ごめんね。

心がキューっと苦しくなりながら
思っていましたね。

例えば
夫が帰ってきて食事の準備や
夫の話を聞いてあげたりと
やることは沢山あるのですが

時間に追われながらの毎日なので
バタバタしながらも
夫が心地良く休めるためにと
気を使ったり・・・。

夫が眠りについた後は
色々やらなきゃいけない家事が
たくさん残っているから
ため息つきながら
悲しくなりながら
家事をこなしていたり

ということもありましたし

やらなきゃいことが多すぎて
毎日が時間との戦いなので

あなたにかまっている時間があるなら
少しでも私自身の時間に使いたい・・・

と思ったりもしていたかもしれません。

そういうのも、積もり積もって
山となっていきますから
後々になって

はぁ、疲れるな~
夫が帰ってくるとゆっくり出来ないわ・・・

夫が帰って来ない方が
気が楽だなぁ

なんて感じていたりも
していたんですね。

そんな風に時間に追われながらも
色々こなしている時は気づかないけれど
後からになって
嫌な気持ちになったり
罪悪感を感じたり
気持ちが沈むときには

決まって「頑張り屋さん」
顔を出している時だったりするんですね。

本当は
子どもの事を思って
子どものためを思って
時間通りに寝かせたい
という行動をとったのでは
ないかと思うんです。

本当は
夫の事を思ってとった行動
のはずなんですよね。

しかし、結局
後々になって悲しい嫌な思いをしてしまう・・・

そんなことを繰り返し
そんな自分の事を嫌いでたまらなくなった
時期がありました。

 

自己を犠牲にして相手を優先した結果

 

悩みや問題を多く抱えている方は
もしかすると
自己を犠牲にしているから
なのかもしれません。

子どものために
子どもの睡眠時間を確保して
翌日元気に過ごしてほしい
という思いから。

成長や体力を心配して
料理が苦手にも関わらず
ちゃんと色んな食材を使って。

翌日、子どもが
忘れ物をしないようにと
一緒に持ち物チェックをしたり・・・

そうやって、子どもの事を
思うからこそ

本当は本を読みたいのに
本当は、録画していた
ドラマをみたいのに

本当は持ち帰ってきた仕事に
早く取り掛かりたいのに

ゆっくりコーヒータイムしたいのに・・・

そんな気持ちがあるにお関わらず
全て我慢して
子どものためにしている行動量が
多かったりしていたんですね。

夫のこともそうだったりします。

夫のために
料理の品数を増やしたり
遅い帰りを待っていたり
話相手をしたり・・・

そこにも、
妻はそうするべきだよね。
夫が疲れている時は癒さなきゃだめよね。

と、本当はやりたいことや
やらなきゃいけないことが沢山あるのに
それらを後回しにしてしまい
夫のために時間と空間を過ごす。

もしかすると、そこには
子どもや夫のために!
という思いがある反面、
自分が犠牲になればいいか、
をやってしまっているのかもしれません。

しかも、困ったことに
その多くが
意識的にではなく無意識に
やってしまっていたりするんですね。

 

自己犠牲に喜びがある?!

 

自己を犠牲にしてしまいがちな人は
サポート力があったりするのかもしれませんし

母性が強かったり
守りたい気持ちや
してあげたい気持ちも
多くあったりするのかもしれません。

自己犠牲により
悩んでいる方は私の周りにも
結構いらっしゃるのですが
実は私も、その一人だったんですね。

吉村恵
子どもや夫にしてあげたいと思いながらも、結果的にイライラしながら行動してしまったり、

言葉が強くなって嫌な思いをしたりさせたりするんです。

そして、後々になって後悔することが多いのですが、これはなんとかならないものなのでしょうか?

師匠
なんとかならないものですか?とは、恵さんはどうなったらいいと思っているのかしら?
吉村恵
日ごろからもっと笑って過ごしたいと思っています。

イライラする自分が嫌なので、そんな自分を変えていきたいです。

師匠
そうなのね。実はその、笑って過ごせない、イライラしてしまう、ということには、恵さんの自己犠牲願望があったりするのよ。

そして、その自己犠牲の人生を恵さんは自分で選んでいるのよね

吉村恵
え・え・え???

いえいえ、そんなことがあるはずありません。

自己犠牲願望なんてちっともありませんし、自己犠牲を自分で選ぶ人なんているはずがないじゃないですか!

師匠
そうね。恵さんはそう思っているのかもしれないわね。

でも一度、少し考えてみてほしいの。

例えば、誰かから必要とされたら嬉しくはありませんか?

誰かから頼られたら、嬉しくなって頑張って応えたくならないかしら?

吉村恵
なります!なります!嬉しいです。

でもそれは、みんなそうですよね?
誰しもそうですよね?

師匠
そうね。必要とされたり頼られたりしたら、嫌な思いはしないものね。

しかし、それが自分の喜びとなっていては、周りからの要望に応えてばかりの人生になってしまいがちだったりするのよ。

例えば、
頼まれると断れなかったり、嫌われたくないと思っていたら、周りの人が望むことをしてしまいがちではないかしら?

そうなると、自分の生きたい自分ではなくなっていく可能性がおおきくなるわよね

吉村恵
そうでしょうか?
頼まれると断りづらかったり、人に嫌われたくないと思うことは、普通なんじゃないんでしょうか?
みんなそうですよね?
師匠
そういう人が多いかもしれないけれど、みんながみんな、そうではないのよ。
その度合いに違いがあったりするの。

恵さんには自己犠牲の要素が他にも、ありますよ。

恵さんは、他の人に任せられないということはないかしら?
全部自分でなんとかしようとしたり・・・しない?

吉村恵
はい。自分で出来ることは自分でやるのが普通ですよね?

自分で出来ることも人に任せるなんて、ひどい人じゃないですか?

そんなことをしたらダメですよ。

師匠
そうですか?
自分で出来ることを人に任せるのは、ひどい人かしら?

その人を信用して任せたり、その人に経験させて成長出来るようにと、あえて任せることだってあるんじゃないかしら?

吉村恵
そういうのもありますが・・・
師匠
そこには、恵さんの正義感もあったりするのよね
吉村恵
正義感ですか?
師匠
そうよ。人が困っていたり、悲しんでいたりすると、なんとかしなくてはならないと思うでしょ?
吉村恵
え?それはそうですよね?
目の前に困っている人や悲しんでいる人がいるのに、ただ見ているだけで何もしない人っているのでしょうか?
師匠
そうね。何もしない人はいないかもしれないけれど、そこになんとかしなくてはならない、という思いで行動しているかしていないかの違いかしらね。

なんとかしないなんて、居てもたってもいられない!という感じで、

なにもしないでいることに罪悪感をもってしまうという感じかしらね。

吉村恵
あぁ、それなら私、あるかもしれません。罪悪感からなにもしないでいることが出来ない、という感じですね。
師匠
でも、そこで、恵さんが行動したことで目の前の人が救われたり助かったりしたら、嬉しくなるでしょう?
吉村恵
はい、そりゃあ嬉しいですよね。私がお役に立ててよかった☆って思います。
師匠
それよそれ。お役に立てることにやりがいを感じていたり、自己価値を感じていたりすると、自己を犠牲にしてでも、その先にあるやりがいや自己価値を感じたいと望んでいたりするのよね。
吉村恵
はぁ・・・。さっきから話を聞いていても、どれもこれも別に悪いわけではないと思うのですが。
師匠
そうよ、どれも悪いわけではないのよ。
そこには自己犠牲があって、そのことにより苦しんでいるということもあるのよ、という話よ。

それが、本当に恵さんの喜びになっているのだったら、恵さんの行動は恵さんのしたいことよね。
本当に望んでいることが行動出来たのなら、後悔したり嫌な思いをすることはないはずよ。

何かを我慢して、何かを抑えているから、心が疲れたりため息をつきたくなったりするのよ。

 

言葉に含まれた自分勝手な解釈が原因

 

わたしたちは、小さな頃から
人に迷惑をかけてはいけません。
人に迷惑をかけることだけはしないように

と教えられてきたように思います。

もちろん、それは大切なことですが
それが行き過ぎて
あれもしてはいけない
これもしてはいけない
こうしなければならない
という沢山のルールに縛られて
行動出来なくなっているようにも思うんですんね。

人に迷惑をかけてはいけない、とは
具体的にはどういうことだと捉えていますか?

私は

☑自分で出来ることは自分でする

☑人が嫌がることはしてはいけない

☑みんなの足を引っ張ってはいけない

☑時間に遅れてはいけない

☑あまり自己主張してはいけない

☑空気をよまなければいけない

などなど。

小さなこともあげればきりがありませんが
そこには、隠された私のルールがあることに
気がついたんですね。

☑自分で出来ることは自分でする

人に甘えてはいけない!
人が嫌がることはしてはいけない

自分が嫌な思いをするのは我慢しなければならない!

☑みんなの足を引っ張ってはいけない

みんなと同じでない自分は許されないんだ!

☑時間に遅れてはいけない

相手のペースに合わせないと怒られる!

☑あまり自己主張してはいけない

自分の気持ちなんて二の次にしろ!

☑空気をよまなければいけない

人の機嫌を悪くしてはいけない

そんなふうに無意識に自分に言い聞かせて

自分を責めて、
自分の価値を下げて
自分の気持ちよりも人の気持ちを優先して
自分の人生よりも人の人生を優先して

苦しくなっていることを感じた時には

言葉に含まれた自分勝手な解釈を
知らされ驚きました。

 

まとめ

 

自分の気持ちを大事にする、ということは
自分のことばかりで、他人の事は大切にしない
ということではないはずなんですね。

自分の気持ちも、人の気持ちも大切にすることが
望ましい人間関係を作るのではないでしょうか。

人の気持ちばかりを尊重し
自分の気持ちなんてそっちのけにしていては

人を思いやると同時に
イライラやモヤモヤ
悲しさ、寂しさ
怒りや恨み
が募っていくことでしょう。

となると、
人を大切にすればするほど
自分の心が苦しくなるという
おかしなことになってしまうのかもしれません。

今回は
我慢しやすく自己犠牲で
生きてしまう人と心理について

私の経験から
人への気持ちと自分への気持ちとの
バランスの重要性を書いてみました。

言葉の意味をどのように捉えている
自分がいるのかを
客観的に見れるようになることが
とても大切なのかもしれませんね。

罪悪感でいっぱいの現実を
変えていきたい時の
1つの参考にしてもらえたら幸いです。

最後までお読みくださり
ありがとうございました。

自己犠牲をやめて自分らしく
幸な生き方をしていきたい方は
こちらも合わせて
参考にしてみてくださいね。

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